ここのところ本当に急に現実的になってきた人工知能の話題を書こうと思いますが、とにかくその手のニュースが多いので書いてしまうのであります。

情報の取捨選択権の問題

ビッグデータという言葉が普通に使われ出した気がしますが、そのデーターは大型コンピュータの記憶装置に格納されまして、必要な時に引っ張り出して活用する事になりますが、その場合に出力するデーターに何らかのバイアス(力)が働いていても気が付かないことになるわけです。

ビッグデーターがどのくらいの規模のデータになるのか定義は有りませんが、世界の小麦の生産(育成)状況がビッグデーターとして格納されていて、それは人が把握しようと思ってアクセス出来たとしても、それはもう膨大なデータになりますから、人力でどうこうする事は絶対に無理という事です。

ですから幾ら人工知能または特定の企業や国にビッグデーターを掌握されて、個人の取捨選択権が無くなっても、それに気が付くことも無いでしょうし、気が付いた時はもう手遅れという状態になっているのでは無いでしょうか?

まぁもっと先にはシュミレーション仮説のようなSF的な世界にまで到達してしまうわけですが、私個人として明るい未来を想像することが非常に難しくなっているのが現実です。

苦労したり努力するから楽しい

例えばゴルフですとどんなにいい加減に打ってもバーディーが取れて優勝できるとなると、果たしてやっていて楽しいでしょうか?

トランプでも相手があって競い合って頭を使って簡単に勝てないから、みんなが熱中するし勝利したときが楽しいと感じるわけですよ。

何の苦労もなく毎日のうのうと暮らしたいと夢見る人も多いのですが、例えそのお金の心配が一切なくても、便利この上ない状態というのは一回は良いですけど、直ぐに飽きてるくらいならともかく、つまらない毎日になってしまうのです。

それは先進国になるほど、福祉が充実している国になるほど自殺率が急上昇して、逆に戦後の日本もそうでしたし、発展途上国ではほとんど無いのですから、なりたくは無いですけど生きていくのに必死な状態でしたら自ら命を絶とうと思わないのですよね?

何事もほどほどが大切では?

78対22の法則でもありませんが、適当な所にしておくという知恵を発揮する必要が時としてあると思います。

キャンプに行くのは不便さを楽しむという面もあって、便利が良ければ一流ホテルにでも行っていれば良いわけですよ。

そんなわけで人工知能まで生み出すことが出来た人類ですから、ホドホドがちょうどいいという知恵もそろそろ発揮しても良いのでは無いでしょうか?