手に職と不要になる技術
その昔と言ってもほんの10年前までは写植職人と呼ばれる職人さんがいらっしゃいまして、高度で熟練する事が必要な技術で、まさに手に職の代表のような技術だった時代が長かったと思いますが、今ではすっかり活躍の場が無くなったしまった代表のような技術になってしまいました。
技術革新によってより便利になったり従来人の手によってなされていた作業が機械化される事によって、重宝されていた技術が不要になる技術になってしまう事はマクロ的に見たら当然の流れで、古来から続いてきた事ですし、ミクロ的に見れば淘汰される技術やそれに伴う技術者に厳しい現実という事になりますよね?
さて未来永劫とまではいかないまでも簡単に人間が負ける事は無いと思われていた将棋や囲碁の世界で既に人工知能に人が負けるようになってしまいまして、人は突然変異でもしない限り人工知能を逆転する事は無理だと思いますし、差は開く一方である事は間違いありません。
※株取引の世界ではもはや主役は人工知能を搭載したコンピューターがメインプレイヤーになっていて、短期取引ではインサイダー情報の入手でもない限りは、コンピューターの能力の差がそのまま株式売買の儲けの差になって出てきているという状況になってしまっていますね。
つまり、クリエイティブな領域にまでAIが入ってきて、職人芸といわれた加工技術に機械の動きが追いついてきたら、人が人工知能と機械の複合体に勝てる領域というのはどんどん減ってくるというわけで、手に職をつけて不要にならない技術を探すほうが難しくなって来ているという事です。
例えば噺家って職業がありまして落語家とも言われますが、最もとは言えないまでも、コンピューターとはかなり離れたところに位置している職業で、この世界にはコンピューターとか自動化とか機械化みたいな要素はあまり入っていないと思いますが、将来的にはどうでしょうか?
見た目を生身の人間に似せるなんて事は簡単になってきますし、観客の表情を読み取って話の内容を変化させるなんて芸当もこなしてくると思いますし、やがて創作落語にまでAIが出てくる事を否定することは出来ないと思います。
そう考えると安心の職は無いわけですから
先日、AI作家の話題を目にしましたが全ての領域にAIとかマシンが入ってくる可能性があるのですから、みんな平等という事でもしかしたら深く考えるだけ損なのかもしれませんね?
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