製造業の抱える課題を突破する技術AR!導入する企業が増えつつあるそのメリットとは?
顧客の要望は多様化し、製品は複雑化し続けています。顧客要望を細やかにかなえ、製品の付加価値をより一層高めていく必要があります。それに加えて技術者高齢化や人手不足は製造業において深刻な問題になっていくと予測されています。こうした現状を打破すべくAIやIoTなど様々な次世代のデジタル技術、IT技術導入が検討されています。中でも「AR」は製造業の人手不足を解消するなどとして注目が集まっている技術です。ARと聞くと、コンピューターゲームなどの分野における適用をイメージされる方が多いでしょう。では、製造業ではどのようにしてARが活用されているのでしょうか。今回は製造業とARについて解説します。
ARとは
AR(Augmented Reality)とは拡張現実と言われており、スマートフォンやタブレットなどの端末を利用することで、現実世界の映像にデジタルな情報を重ね、現実世界をバーチャルに拡張する技術を指します。
AR技術は日々進化を続け、スマートフォンのアプリなどの分野では日常的に使用されています。ARは手元にあるスマホやタブレット端末を用いて、アプリで誰でも簡単・気軽に体験することができます。また、AR専用グラスやヘッドマウントディスプレイ(HMD)も個人の消費者でも手の届く価格で登場しています。
ARとVRとMRの違い
ARとよく間違えられやすいのがVR(Virtual Reality)です。VRは仮想現実と呼ばれ、専用のゴーグルなどを使用することで3D技術によって作り出された仮想世界の中に入り込むという技術です。実際に入り込むのではなく、ゴーグルに映し出される映像によって「入り込んだような体験」をすることができます。
最近ではMR(Mixed Reality)という複合現実と呼ばれる技術も注目されつつあります。MRは簡単に言うとARとVRを合体させたような技術です。レンズを搭載したゴーグルを装着することで、3Dホログラムを現実世界に混ぜ込んで表示することができます。ホログラムは現実世界の空間や物体を考慮して投影され、その映像を手でタップするなどして操作することができます。またMRの大きな特徴として、仮想世界と現実世界の両方の情報を共有して複数人で体験する事が挙げられます。仮想世界に現実世界の情報を固定できるため、同じMR空間にいる複数の人間が、同時にその情報を得たり、同じ体験をしたりすることができます。
AR:現実の世界に対してバーチャルな情報を付与する技術(現実世界が主軸)
VR:バーチャルな世界をリアルに体感させる技術(仮想世界が主軸)
MR:現実世界の中に仮想世界の情報や映像が「まさにそこにあるように」存在させる技術
ARで有名なエンターテイメント
AR技術は様々な分野で応用されていますが、特に有名なのは世界中に普及している2016年に大流行した「Pokémon GO(ポケモンGO)」でしょう。ポケモンGOはAR技術を利用して、現実世界で実際にポケモンを集めているような体験ができるゲームで、小さな子供からお年寄りまで人気があり、社会現象になるほどの大ヒットを記録しました。
AR技術は製造業の抱える悩みを解決する
AR技術は一般消費者向けのエンターテイメント分野以外でも、近年様々な分野の企業に向けてサービスが提供され始めています。
建築・土木業界にARを取り入れるとどうなるでしょうか。ARを用いて作業前に危険な状況を疑似体験する事で、現場で起こりうる事故を想定し、未然に防ぐことができます。
AR技術は製造業を行っている工場でも普及が進み、製造現場における技術者のトレーニングにAR技術を使っている企業もいます。
製造業では人手不足や、IT技術によって複雑化する生産システムなど課題が山積みです。
機器や設備はITシステムと連携され、工場自体の生産性は高まっていますが、その一方でシステムはどんどん複雑化していき、管理・保守をする技術者の負担は増加し続けています。深刻な人手不足と相まって、技術者1人に求められる知識やスキルのレベルは高まっているのです。
製造業は生産性を最大化させるために、優れた技術者の存在が必要不可欠です。しかし、少子高齢化によるそうした技術者の高齢化によって、技術が引き継がれないなど人手不足に陥る製造業もあるでしょう。また、設備の保守・点検といった業務はマニュアルを片手に作業を進めなければならず、大変効率が悪いです。しかし、AR技術を用いれば、実際に業務を行うのと同じ環境を作り出し、技術者の教育に大きく貢献する事ができます。それだけでなく、AR技術を用いてスマートグラスを利用することで、ペーパーレスな業務の効率化を図る事が可能となります。「スマートグラス」とは、現実にディスプレイ上のデジタル情報を重ねて表示するメガネ型のウェアラブルデバイスを指します。ハンズフリーで作業に必要な情報やマニュアル、メール通知などの確認ができ、中には声で操作できるものもあります。某アニメの未来道具として出てきそうなものが、もうすでに現実に存在していると言えるのではないでしょうか。AR技術を応用することで、従業員の教育コンテンツを制作したり、教育にかかるコストそのものを大幅に短縮・削減したりできると期待され、製造業ではAR技術導入が進められています。
製造業におけるAR技術導入メリット
製造業におけるAR技術導入メリットは3つです。
①コストの削減と生産性の向上
②メンテナンス業務の効率化
③その場に行かなくても作業指示やサポートができる
①コストの削減と生産性の向上
製造業は高度なIT導入によって、業務は複雑化し、人手不足が課題となっています。こうした現状を打破するために検討されているのが、AR専用のヘッドマウントディスプレイ「HMD」を利用した技術トレーニング導入です。AR技術によって実際の現場と同等の環境を作り出し、より実践的なトレーニングを積むことができます。更に手順や指示をディスプレイに表示しながら見ることができるため、ハンズフリーで作業に取り組むことができます。紙でのマニュアルや指導者がマンツーマンで教えなくても正しい方法を学ぶ事ができ、技術者一人当たりの労働生産性の向上に繋がります。人手不足による従業員教育のコストを削減しつつ生産性の向上も可能なのです。
②メンテナンス業務の効率化
AR技術は、設備のメンテナンス業務の効率化を可能にします。今までは設備のメンテナンスは技術者が長年の経験と目視によって行われてきました。しかし、AR技術を取り入れる事によっていつもの設備にさまざまな情報を投影することで、優先的にメンテナンスを実施すべき箇所などを特定することで効率性を向上できます。例えば、設備に取り付けたセンサーから得られたデータをクラウドプラットフォームに集約し、それをAIで分析・レポートすることでメンテナンスに必要な情報を可視化します。AR専用HDMを通じて設備に投影することで、メンテナンスに必要な情報をディスプレイに表示させ、より効率的にメンテナンス業務を進めることが可能です。
③その場に行かなくても作業指示やサポートができる
AR技術を導入すれば、遠隔地から作業指示を出し、業務をサポートすることが可能となります。スマートグラスなどのAR搭載デバイスを使えば、遠くにいる技術者とバーチャルな拡張空間で繋がる事ができるため、熟練の指導者が複数の作業現場に立ち会う事を可能にします。
製造業のARを活用した事例
生産性の向上やコスト削減、技術者のスキルアップや遠隔操作など様々な効果が期待されているAR技術ですが、実際に導入された企業ではどんな成果を上げているのかを紹介します。
本田技技研工業株式会社(ホンダ)
本田技技研工業株式会社(ホンダ)は大手輸送機器メーカーであり、自動車やオートバイの生産・販売事業において世界トップクラスの業績を誇る日本の企業です。
ホンダはAR技術を応用し、車体を組み立てる際のトレーニングに、実車を必要としないトレーニングを行っています。ARデバイスを使い、拡張空間で組立作業のトレーニングを行うことにより、光りの当たり方や工場ライン上での動きなど、実車トレーニング以上によりリアルで実践的な環境で訓練を行えるようになったのです。
BAEシステムズ
BAEシステムズはイギリスの航空宇宙システム開発・製造を行う企業です。
BAEシステムズは3Dモデルを使用した作業マニュアルを、Microsoft提供のHMD「HoloLens」を使って現実の映像と重ねてみる事ができる技術を導入しています。これにより、技術者は紙媒体のマニュアルを使わずに円滑に作業を進める事ができるようになりました。この方法で技術者のトレーニング効率は飛躍的に高まり、教育にかかる時間を従来の30~40%短縮する事に成功しました。トレーニング効率を高めることで、教育にかかる諸経費削減にもつながり、必要コストを10分の1に減少させ、大幅なコスト削減を可能としたのです。
Microsoft HoloLens
Microsoft HoloLensはMicrosoftが開発したホログラフィックコンピュータです。パソコンやスマートフォンなどのデバイスへの接続なしで専用のHMDを装着するだけで使う事ができます。視界がそのままディスプレイになり、アプリを手の動きや音声で操作します。HoloLensを使用することで、目の前の現実世界とCGの世界が組み合わさった、映画のSFの世界のような今までにはない新しい体験が可能となります。
クラウドプラットフォームを通じて解析されたデータを現実世界に投影するなど、様々な活用方法が展開されています。その一つが「予兆保全」と呼ばれる問題解決方法です。
予兆保全は製造業に高い生産性をもたらす保守形態と言えるでしょう。そのメリットは4つです。
・IoTによるデータ収集で修理が必要な時だけ対応する
・フィールドサービスエンジニアの生産性向上
・故障し得る個所が事前に分かるため初回対応完了率が向上
・定期的な点検やメンテナンスで製造を止めることは不要など
まとめ
製造業とARについて解説してきました。以下、まとめになります。
・ARは製造業の抱える課題を突破する技術である
・ARは誰でも簡単・気軽に体験できる
・ARはコストの削減と生産性の向上、メンテナンス業務の効率化、指導の遠隔操作を可能にする
AR技術は製造業の抱える課題を解決し、生産性を飛躍的に上昇させるなどメリットがたくさんあります。ARを取り入れている事例を見ると、AR技術を活用した取り組みは、今後の製造業のスタンダードになっていくと言えるのはないでしょうか。多様化していく顧客ニーズや社会に適応し続けるため、AR技術の導入を検討してみるのもいいのではないでしょうか。