日本のIoT(Internet of Things)の取り組みは、欧米などに比べると遅れているといわれています。IoTとは、モノの情報をセンサーやカメラなどで収集して、データ解析処理し、データを活かしたサービスを提供するという考え方です。
製造業においてIoTは、大手企業での取組みは進んでいますが、中堅・中小企業ではまだこれからという状況です。近年、IoTなどのシステム開発においてPoC(実証実験)は欠かせないものとなってきています。
PoCは製薬会社や製造業、IT企業などを中心に行われてきましたが、新しい製品やシステム開発をする前にPoCを実施する企業は多くなってきています。近年では、IT技術の進歩やニーズの多様化によって、様々な業種での新製品や新システム開発にPoCは取り入れられています。
新製品や新システムの実現可能性や機能、使い勝手、UI/UXを検証したい時や、IoT技術を取り入れたモノづくりに挑戦したい時にPoCは必須となってくるでしょう。
しかし、多大な時間やコストをかけてPoCを繰り返しているにもかかわらず、いつまでたっても実用に至らず力尽きてしまう現場も少なくはありません。今回は製造業におけるPoCについて解説していきます。

PoCとは

製造業がIoTを取り組む場合、実験的に機能検証や実用化テストを行います。これをPoc(Proof Of Concept)といい、新しい製品やシステムのプロジェクトの前に、製品やシステムの有効性を検証する目的で行われる「実証実験」の事を指します。
たとえば、新製品開発の前に行うテスト販売やモニター募集、システム開発において機能や性能を限定しつつ実際に製品作成し、機能達成できるか評価する事が当てはまります。

PoCと試作の違い

PoCと試作は似ているようで違います。
PoCは実効性の検証に対して、試作はシステム実現の前提であるとし、改良しながら製品やシステムを完成品へと近づけていくプロセスです。
製品やシステムの作成案が固まる前に検証を行うのがPoCであり、試作は一定の要件を満たし具体化したプロトタイプという違いがあります。

PoCを実施する目的

PoCを実施する目的は次のようになります。

・開発リスクを回避して確実性を高める
・商品開発やプロジェクトのスムーズな進行
・実効性・実現可能性・UI/UX検証

PoCの流れ

PoCは次のような流れで進んでいきます。

①PoCの目的設定

PoCの目的は、新しく作り出したい製品やシステムが、実現可能なのか検証することです。それを判断するために、どのようなデータを取得する必要があるのかを予め決めておく必要があります。PoCの成果を最大限高めるためには、PoCによって何の効果やデータが得たいのかを決める事がポイントとなるでしょう。

②実施/検証内容の設定

実施内容は、必要最低限の要件定義から試作化しつつ、ユーザー目線や使用環境に近いものにすることが重要です。リアルなユーザー目線や使用環境を元に検証を行えば、試作や開発、その後の量産フェーズの展開について有益なフィードバックを行う事ができるでしょう。

③実施/検証内容の実証

可能な限り実際の使用を想定したユーザー、環境、状況を再現し、決定した実施内容や検証方法を踏まえて、PoCを実施します。そうすることで、より詳細でリアルなデータを取得できるでしょう。

④実証結果の評価、及び次フェーズに繋げる

PoCを実施し、結果データを検証します。実用性や起こりえるリスク、課題の把握が結果データから得る事が出来ます。検証データから分かる実用性やリスク、課題などを検証・評価し、製品開発・システム開発などの次のフェーズに対して、どのような形でフィードバックしていくかを決定します。課題や問題が発覚した場合は新しくPoCを設定して、再検証を行うか判断しましょう。

製造業のIoT活用に立ちはだかるPoC地獄

IoT活用に向けた取り組みを日本の製造業も取り入れ、全社的なデジタルトランスフォーメーションへと発展させようという動きがあります。しかし、IoT活用に向けた取り組みを進めていくと、様々な課題が立ちはだかってきます。実際の業務が進まないことや実システムへの展望が見えないことを「PoC地獄」と揶揄することもあります。

PoC地獄とは、多大な工数と時間、コストをかけてPoCを繰り返しているのにもかかわらず、いつまでたっても実用化に至らず、最後には力尽きてしまうことです。
そうならないために、PoCをおこなう上での注意点を解説します。

スモールスタートを心がける

1つ目の注意点は「スモールスタートを心がける」ことです。

PoCは小さく、素早い、スモールスタートを心がけることが重要です。大規模なPoCを行うと時間もコストも膨大になってしまい、目的が薄れてしまうからです。スモールスタート、スモールステップを積み重ねていくことで、PoCの先にある新製品やシステム開発が見えてくることでしょう。そのためには「どの情報をどう可視化すればどのような効果が期待できるか」というPoV(Proof of Value=価値実証)をできる限り早く実現する事がポイントです。

PoCは投資利益率(ROI)が問われます。しかし、PoCは可視化や予知保全といったコンセプトの実現可能性を実証することが目的であって、ROIに反映するのは難しいでしょう。そのため、ビジネスとして成立しないと打ち切りにされる場合が多くあります。

ROIの判断によって事業計画が立てられないということになってしまえば、現場でPoCがうまく進んでいたとしても打ち切られてしまいます。それを回避するために、PoVを早期に実現し、「ROIはまだ見えませんがPoVはこの状況であり、ここから拡大していけばこれだけROIが期待できます」とマネジメントを説得する必要があります。

まずは小さなスケールでスタートし、「稼働状況の可視化によりこういう結果が得られた」というPoVの実証を目指すのがいいでしょう。

全体像を描いたPoCの計画を立てる

2つ目の注意点は「全体像を描いたPoCの計画を立てる」ことです。

PoCを行い、その結果として何を実現するのか、課題を明確にしておくことが重要です。
目的が明確でなければ、課題を解決しても次の課題をどうすればいいのかわからなくなり、そこでストップしてしまいます。せっかく最初のサイクルで得られた気付きやノウハウを他の課題に向かってスピード感を持って拡張しなければもったいないといえるでしょう。また、スケールが大きくなった場合、全体像が見えていないと目的がどんどん曖昧になってしまいます。

そうならない為に、目の前にある課題だけでなく、その次の課題、最終的に目指すデジタル化の全体像までを描いたPoCの計画を立てる必要があります。
あらかじめデジタル化で何を解決し、どのような工場を目指すのかという全体像を現場とマネジメントが共有することで、ROIによる投資判断のマネジメントと現場とのギャップも解消されるかもしれません。

現場の負担を増やさないようにする

3つ目の注意点は「現場の負担を増やさないようにする」ことです。

PoCは、忙しい現場で製品を作るのと同時進行で行わなければいけないため、現場のモチベーションを保つことは重要です。そのためには、現場の負担を増やさないようにするようにしましょう。
たとえば、データの可視化・分析にはデータの前処理が不可欠です。データの処理をプログラミングして行うということは、現場としては避けたいことであり、この工程はかなりの負担となります。
また、現場では両手が塞がっていたり、汚れていたりしている場合が多いです。そのため、タブレットを使う度に手を洗わなければいけないのは大変負担になります。

このような課題を解決するためには、ベンターに頼るのがいいでしょう。データの前処理工程の場合、プラットフォーム化し、適切なデータだけを取得できる状態をうまく提供してくれます。手の汚れが課題となる場合、マイクを通して声で日報を作成できるといった便利な製品を提供してくれるでしょう。
現場の負担をできる限り増やさないために、現場目線で設計された製品やサービスを活用しましょう。

しかし、ベンダーは現場に詳しくないという場合が多く、そのせいでPoCがうまくいかない事があります。PoCを始めてしばらくして、現場だけで運用するようになると集まってきたデータを現場スタッフがどう分析していいかわからず、放置してしまう状況になってしまう可能性もあります。
不得意な事を任されても、負担になりうまくいきません。そのため、データ分析もしっかりサポートしてくれるベンダーを選び、役割分担しながら連携することが重要となってくるでしょう。

PoCは古い設備でもデータが取得できる

PoCは、古い設備でもデータはとれます。
産業機械の稼働状況のデータを取りたい場合、コントローラが装備されていればイーサネット回線などでデータが取得できます。しかし、旧式の設備ではそうもいかず、PLC(Programmable Logic Controller)を新たに購入して接続する必要がありました。
最近では古い設備でも、配線なし・改造なしでデータを取れるソリューションがそろっているので、古い設備でもデータはとれます。
たとえば、設備の稼働状況を示す信号灯に光センサーをつける、またはその配線にセンサーを遮断するだけで稼働状況のデータが取得できます。データは無線通信を使えば、配線もいりません。

電圧のメーターや温度計などのアナログ機器も、点検内容を「紙に記録する」から全て「タブレットで入力する」に変え、データ化することで設備の稼働状況など、分析に活用することができるでしょう。ある自動車部品メーカーは、この方法を開始して4か月で設備異常発生率を4分の1に削減しました。

PoCには前処理が重要

データを取得できる状態を作ったとしても、そこから上がってくるデータは今すぐ活用できるものではありません。
そのデータを使える状態にするのが次のステップ「可視化」「予知保全」において重要になってきます。

センサーを取り付け、データがたくさん上がってきても、用途に最適なセンサーを選定しなければ種類や位置からは有効な知見を得る事ができず、無駄なデータばかり集めることになってしまいます。そのため、センサーをつけたら狙っているデータが得られているかどうか早期に確認しましょう。

特に工場の場合、様々な機械から一方的にノイズや欠損を含めた荒いデータが次々と上がってくるのです。この荒いデータを使える状態にするには、データの前処理が重要となってきます。
たとえば稼働データの場合、変化がないデータをミリ秒単位でひたすら取り続けても不要なデータがサーバーに溜まっていくだけです。そのため、変化点だけを取る、定期的なタイミングで元データも取る、などといった細かい設定が求められます。

AIを使って機械の予知保全を行う場合も、データの前処理は重要です。AI使用の場合、データ入力して、学習モデルを作成するために必要なプロセスの約8割が前処理だといわれています。欲しいデータというのも、現場が「分析」に使うのか、「AIの学習」に使うのか、マネジメントが「経営」に使うのかで状況が変わってきます。よって、ユーザーの用途やニーズを合わせた「欲しいデータ」に向けて、可能な限り簡単にデータ処理ができるIoTプラットフォームが必要となってくるでしょう。

まとめ

今回は、製造業とPoCについて解説してきました。以下、まとめとなります。

・IoTなどのシステム開発においてPoCは欠かせない
・最初はスモールスタートを心がけ、全体像を描いたPoC計画を立て、PoC地獄に陥らないようにする
・PoCは古い設備でも行えるが、前処理が重要となってくる

IoT技術を取り入れたモノづくりに挑戦したい時にPoCは必須となってくるでしょう。
PoCはやりすぎると目的が希薄化し、コストがかかって中断せざるを得なくなる場合があります。そんなPoC地獄に陥らないように、しっかりとPoC計画を立て、全体像を把握し、スモールスタートを心がけるのがよいでしょう。